39│2021年09月26日 聖霊降19 労働の意味

週句 わたしは、ここで、イスラエルの子らの間にとこしえに住む。
    エゼキエル43章7節
説 教 「あなたにもキラキラがある」高橋牧師
    エゼキエル37章1~14節

「音が響く教会」

9月の教会学校月間に合わせて、今月はいつもの聖書日課を離れ、教会学校で前週に扱われた箇所による礼拝説教を行っています。教会学校が連盟発行の『聖書教育』誌を用いていて、そのカリキュラムでは9月末に合わせて今日までがエゼキエル書でしたから、礼拝説教の方は、1週オマケしていただき、来週10月第一週までをエゼキエル書からの説教といたします。
本日の箇所は、エゼキエル書のなかで最も有名なところでしょう。長い旧約聖書のなかでもとりわけ印象的な描写です。私もこの箇所のファンのひとりです。ですから、何度もこの箇所を読んだはずでしたが、やはり教会学校で誰かと一緒に聖書の御言葉にふれるというのは、豊かで楽しいことです。教会学校で先週私と同じグループになったある方が、今日の箇所を「音」(37章7節)に注目して読み、分かち合ってくださいました。その方らしさでもあると感じましたし、同時に、私にとって全く新しいことでした。
ここではどんな音がしたのでしょう?原義は「揺れ」。新共同訳は「カタカタ」、手持ちの新改訳聖書は「大きなとどろき」、2018年刊行の協会共同訳は「地響き」と表現しています。新共同訳以外はどちらかと言うと、もっと「ゴー」とか「ガタガタ」とかいったように鳴るイメージでしょうか。調べてみるとどちらにも訳し得るそうですが・・・。エゼキエルの身に起こったことのダイナミックさを考えると、やはりそれなりに大きな音だったのでしょうか。あるいは、大きな揺れの中にも小さな音は響くということでしょうか。いろいろな想像を?き立てられます。そして、この「音」は、枯れた「骨」にたとえられたイスラエルの民が近づき、新たに生かされていく音であったということは、多方面への黙想に開かれていると言えるでしょう。
本日は午後に、吉高叶先生による講演と、建物についての思いを語り合う時を持ちます。多くの方の参加予定を感謝します。私たちの教会の中に響く「音」に、共に期待して進んでいきましょう。