週 句
神をたたえよ。神は、わたしたちの祈りを退けることなく、慈しみを拒まれなかった。
詩編 66:20
神をたたえよ。神は、わたしたちの祈りを退けることなく、慈しみを拒まれなかった。
詩編 66:20
説 教 「心から喜ぶことになる」 :梅田 環
父のみもとに行く
創18:23~33、ロマ8:22~27、ヨハ16:12~24、詩15:1~5。
……、しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。……
ヨハネによる福音書 16:22
「昇天」という出来事は「第二の受難」とも言われる。それほど、つらさを伴った出来事なのです。復活後、弟子たちに御自身を顕わされ、共に歩んで来たが、いよいよ地上での歩みを終え、見える形では、弟子たちと共に歩むことができなくなる。イエスの十字架の死も、昇天の出来事も、弟子たちにとっては、喪失の経験であり、心の支えを失うことであり、それは、悲しみと苦しみの経験である。そのような経験を経なければならない弟子たちに、イエスが語ったことは、その苦しみへの対処法でもなければ、逃げ道でもなかった。「悲しみは喜びに変わる」という希望を語るのである。
聖書では、しばしば、苦しみの状況の中で喜びが語られる。しかし、苦しい時、悲しい時、自分の醜さと戦っている時、わたしたちは喜ぶことなどできない。喜びとは、無意識の内に、わき上がって来るもの。不幸のどん底にいる時、腹が立っている時、痛みを抱えている時、喜べるだろうか。せいぜい、作り笑いをするのが関の山。笑顔は心の状態とは裏腹に作ることができるから。しかし、喜びは、わたしたちの努力では、どうにもならない部分なのである。
イエスは、わたしたちの現実を無視して、苦しみにあっても、「喜べ!」と、無理強いしているのではない。喜べない現実を受けとめつつ、それでも、なおあなたを捕らえて離さない喜びがある、と確信を持って語る。その喜びとは、どのような状況にあっても、わたしはあなたから離れることは決してない、と言う約束と、あなたの味わっている苦しみを生かす、という約束なのである。
父のみもとに行く
創18:23~33、ロマ8:22~27、ヨハ16:12~24、詩15:1~5。
……、しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。……
ヨハネによる福音書 16:22
「昇天」という出来事は「第二の受難」とも言われる。それほど、つらさを伴った出来事なのです。復活後、弟子たちに御自身を顕わされ、共に歩んで来たが、いよいよ地上での歩みを終え、見える形では、弟子たちと共に歩むことができなくなる。イエスの十字架の死も、昇天の出来事も、弟子たちにとっては、喪失の経験であり、心の支えを失うことであり、それは、悲しみと苦しみの経験である。そのような経験を経なければならない弟子たちに、イエスが語ったことは、その苦しみへの対処法でもなければ、逃げ道でもなかった。「悲しみは喜びに変わる」という希望を語るのである。
聖書では、しばしば、苦しみの状況の中で喜びが語られる。しかし、苦しい時、悲しい時、自分の醜さと戦っている時、わたしたちは喜ぶことなどできない。喜びとは、無意識の内に、わき上がって来るもの。不幸のどん底にいる時、腹が立っている時、痛みを抱えている時、喜べるだろうか。せいぜい、作り笑いをするのが関の山。笑顔は心の状態とは裏腹に作ることができるから。しかし、喜びは、わたしたちの努力では、どうにもならない部分なのである。
イエスは、わたしたちの現実を無視して、苦しみにあっても、「喜べ!」と、無理強いしているのではない。喜べない現実を受けとめつつ、それでも、なおあなたを捕らえて離さない喜びがある、と確信を持って語る。その喜びとは、どのような状況にあっても、わたしはあなたから離れることは決してない、と言う約束と、あなたの味わっている苦しみを生かす、という約束なのである。