03│2022年01月16日 降誕節4 最初の弟子たち

週 句 神の御心を行う人こそ わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ
    聖書 マルコによる福音書3章35節
説 教 「この食卓に招かれたのはあなた」高橋周也 牧師
    聖書 マルコ2章13~17節

「この食卓に招かれたのはあなた」
 イエス様は漁師に次いで徴税人レビを弟子になさいました。徴税人とは、文字通り税金を集める職業のことですが、ひどく軽蔑された者たちでした。ローマ帝国の支配下にあったユダヤの地におい てその仕事をすることは、いわば自民族の「敵」のために仕えるという意味にもなりますし、彼ら自身の働き方にも嫌われる原因がありました。実際にローマに納める額よりも多くカネを集めて差額  分を懐に入れて私腹を肥やす中抜き業者でもあったからです。そういう存在は、特にファリサイ派の律法学者と聖書に表現されているような人たちからは「罪人」と見なされ、毛嫌いされていたのでした。ですからレビが弟子になることは、到底、理解され得ることではありませんでした。
 さて辞書をひいてみますと、イエス様の「わたしに従いなさい」(14節)とは、もちろんそこに主従関係や師弟関係が生じて「あとについて行く」のですが、同時に「仲間になる」という意味合いを含んでいるようです。食事をともにすることは、当時の習慣では相手と心ひとつに親しく交わることを意味していますから、イエス様の呼びかけに対して、早速仲間となってそれに喜んで応えているレビの姿が目に浮かぶようです。レビはこれまでとは違う価値観に生きるようになったことでしょう。座る場所も孤独な収税所から大勢の人々のなかへと変わっていったのです。
 ところで、このレビの家での食卓の記事はルカによる福音書にも記されているのですが、マルコによる福音書の書き方と異なっているところがあります。このレビの家での食事はルカでは一回きり、レビがイエス様に招かれて、それに応えて催した宴会なのですが、実は本日の箇所のマルコでは、「いつものように」(15節)というニュアンスで描かれているのです。実際にどうだったのかという疑問は脇においてマルコの証言に耳をかたむけるならば、レビの家は、イエス様がいつも来てくださるので、寄る辺ない人々の居場所となったのでした。