42│2021年10月24日 降誕前9 創造

週 句 王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を助けるものもない貧しい人を救いますように。
    詩編72編12節
説 教 「アバラ(心の友)よ!」高橋牧師
    創世記2章15~25節

「アダムは男性だったのか?」
 創世記を説教で取り上げるにあたって大切にしたいことは、(聖書は大体においてそうですが)創世記の主な関心事は、神様と人間の関係であるということです。この本質を中心に読むことが大切であり、福音を見出す最も単純な近道なのですが、残念ながら大切なことほど歪められやすいものです。本日の箇所は男尊女卑の根拠のひとつとして悪用されてきました。
 もちろん私自身、アダムが身体的な意味で女性だったろうと主張するつもりは毛頭ありません。それならわざわざ改めて冒頭のような問いを立てる必要はないかのように思われます。しかし、アダムが「いつから」男性だったのかについて、聖書に書かれている通りに受け止めないとき、女性は男性の従属的存在であるという悪しき読み方に導かれてしまいます。
 その「書かれている通り」というのが、残念ながら翻訳の限界もありわかりにくいのですけれど、「アダム」は、最初は人類一般を代表する存在として登場します。エバの登場によりはじめて、アダムは人名(固有名詞)にもなります。そこではじめて「アダム」という人が、最初の男性になり、最初の夫になり、最初の親となるのです。
「人(=ハー・アーダーム/The+Adam=“man”)が独りでいるのはよくない(=未完成な状態である)。彼に合う(=彼の前に立つ)助ける者(=その助けがないと人は人として生きていけないという存在、対等に向き合う存在/差し向かいに生きる存在)を造ろう。」―創世記2章18節
 この物語で大切なのは、すべての人が神によって創られ、すべての人は互いに対等であり、互いが必要であり、神がすべての出会いを導いてくださっているということです。この関係を生きるよう勧められているのです。最も尊いことは、神様も私たちとそんな関係を結ぼうとして、私たちすべての人(ハー・アーダーム)にイエス・キリストという方との出会いを与えているということです。