週 句
神をたたえよ。神はわたしの祈りを退けることなく、慈しみを拒まれなかった。
詩編 66:20
神をたたえよ。神はわたしの祈りを退けることなく、慈しみを拒まれなかった。
詩編 66:20
説 教 「だから、こう祈りなさい」:梅田 環
イエスの祈り
列上18:20~39、ヘブ7:11~25、マタ6:1~15、詩95:1~11。
だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ。/御名が崇められますように。/御国が来ますように。/御心が行われますように、天におけるように地の上にも。……
マタイによる福音書 6:9〜10
施しと祈りと断食は重んじられた善行でした。しかし、信仰生活は表面的に流れがちです。人間の罪と弱さを知るイエスさまは、見上げるべき先を示し、祈る言葉を教えられました。神を父と呼び、神の子とされた者として祈れと勧めます。「御名」が崇められるとは、自分を神のごとくに思う高慢から解放されて、神を神とすることができるように、との祈りです。礼拝中はもとより、生活万端に関係します。
「国」は「支配」とも訳せることから、神の支配を求めるもので、わたしたちも、その支配下に置かれるように、という祈りでもありましょう。「御心」の祈りは、神が御心をなして行く御業の中にわたしたちが取り込まれることを前提とします。
日々の糧と赦しを祈ることも赦されました。「わたしたちも……赦しましたように」と付されたのは、赦せないという思いを持つわたしたちが神の赦しの深さを知るためであり、「赦しなさい!」との勧めです。この祈りは、最後の「悪より救い出したまえ」という祈りと、前半の御名・御国・御心を祈る祈りに支えられています。
十字架の主を遣わされた父の御心がなるように、わたしの罪をも神の支配下に置かれ、悪しき思いから解放されることを祈りつつ、赦しを乞い願うのです。その祈りは、イエスさまが執り成してくださいます。「ともにひれ伏し、伏し拝もう」(詩95:6)との呼びかけの通り、全地に主の御支配のなることを願いつつ、「主の祈り」を共に祈るわたしたちでありたいと思います。
イエスの祈り
列上18:20~39、ヘブ7:11~25、マタ6:1~15、詩95:1~11。
だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ。/御名が崇められますように。/御国が来ますように。/御心が行われますように、天におけるように地の上にも。……
マタイによる福音書 6:9〜10
施しと祈りと断食は重んじられた善行でした。しかし、信仰生活は表面的に流れがちです。人間の罪と弱さを知るイエスさまは、見上げるべき先を示し、祈る言葉を教えられました。神を父と呼び、神の子とされた者として祈れと勧めます。「御名」が崇められるとは、自分を神のごとくに思う高慢から解放されて、神を神とすることができるように、との祈りです。礼拝中はもとより、生活万端に関係します。
「国」は「支配」とも訳せることから、神の支配を求めるもので、わたしたちも、その支配下に置かれるように、という祈りでもありましょう。「御心」の祈りは、神が御心をなして行く御業の中にわたしたちが取り込まれることを前提とします。
日々の糧と赦しを祈ることも赦されました。「わたしたちも……赦しましたように」と付されたのは、赦せないという思いを持つわたしたちが神の赦しの深さを知るためであり、「赦しなさい!」との勧めです。この祈りは、最後の「悪より救い出したまえ」という祈りと、前半の御名・御国・御心を祈る祈りに支えられています。
十字架の主を遣わされた父の御心がなるように、わたしの罪をも神の支配下に置かれ、悪しき思いから解放されることを祈りつつ、赦しを乞い願うのです。その祈りは、イエスさまが執り成してくださいます。「ともにひれ伏し、伏し拝もう」(詩95:6)との呼びかけの通り、全地に主の御支配のなることを願いつつ、「主の祈り」を共に祈るわたしたちでありたいと思います。